L・エドワード・ジョンドロ(L. Edward Johndro、1882〜1951年)は、カナダ生まれでアメリカ西海岸を拠点にした占星術家です。名の L はローン(Lorne)の頭文字です。ユラニア・トラストに掲載された評伝によると、1882年1月にカナダ・ケベック州のフランクリン・センターで生まれ、1951年11月に西海岸で亡くなりました(生年月日は同じ評伝の中でも1月30日と31日の二通りが書かれています)。
本業は数学者・物理学者・無線技術者で、数学と物理を教える仕事もしていました。占星術の勉強を始めたのは1903年7月です。評伝は、新しい考えを厳しく試し、試験に耐えなかった考えは手放したという研究姿勢を伝えています。
今日ジョンドロの名前がもっともよく出てくるのは、感受点
バーテックスの由来を語るときです。また、都市や土地とチャートを結びつける研究、恒星論、日食の研究でも、後の世代に手がかりを残しました。
ジョンドロが活動した20世紀前半は、無線通信が急速に発達した時代でした。ジョンドロは無線技術者としての知識を占星術の説明にも持ち込んでいます。評伝によると、恒星の影響を周波数の高い電波にたとえ、ずっと振動の遅い惑星がその力を変調して地上に届けると考えました。惑星は電圧を下げる変圧器のような役割を果たし、普通の人は恒星の力を直接受け取れないという見方は、チャールズ・ジェインも共有していました。
1935年には実業家との窓口役を担ったケネス・W・ブラウンと知り合い、1936年から15年にわたる協力関係を結びました。ブラウンが依頼主とのやりとりを受け持ち、ジョンドロがチャートの
レクティフィケーション(出生時刻の修正)と計算を担当しましたが、二人は一度も直接会わなかったとされます。ジェインによれば、二人は相場研究家 W・D・ギャンのための株式市場の仕事をしていたといい、ブラウンはジョンドロが日食にもとづく商品相場の予測方法を作ったと書いています。
第一の功績は、バーテックスにつながる研究です。ジョンドロは「エレクトリカル・アセンダント(電気的アセンダント)」と呼ぶ点を使い、それについて手紙でジェインに伝えました。ジェインが
ソーラーアークをこの点に当てて試したところ、反対側の点のほうが敏感だという結論になり、ジョンドロも追試してその結果を認めました。この点が現在バーテックスと呼ばれるものです。評伝によると、二人はバーテックスを、本人の力の及ばない運命的な事柄を表す点と考えていました。この点はジョンドロの「GEM」理論から生まれたもので、G(重力)を子午線と MC、E(電気)を
アンチバーテックスとバーテックスの軸、M(磁気)をアセンダントと地平線に対応させています。
第二は、円を12ではなく24に分ける見方です。ジョンドロは15度の倍数を重視し、15度・75度・105度・165度もアスペクトとして扱い、天体どうしが15度の倍数で結ばれていなければ接触していないとみなしました。ハウスは
キャンパナス方式を使い、通常の12ハウスと、それを半分に割った24の区分の両方を用いています。
第三は予測技法です。ソーラーアークを順行と逆行の両方で使い、ディレクションのアスペクトには前後6日、太陽や月がかかわる場合は前後3か月の時間的な許容幅を設けました。ソーラーアークは、天王星をアングルに当てる形で、出生時刻の修正にも重用しています。また、赤経で測る弧は出来事そのものを、黄道で測る弧は世間の反応を表すと考え、両者を別の意味を持つものとして扱いました。
土地との関係では、グリニッジ子午線を基準にする方式に取り組み、基準点をグリニッジとエジプトのピラミッド付近とのあいだで何度か変えたとされます(Wikipedia「Locational astrology」)。晩年、ジェインへの手紙で、この基準線を動かす方法を手放し、より伝統的な、生まれた場所を移して作り直すチャートに戻ったと伝えています。
主著は1929年にカリフォルニア州サンバーナーディーノの Doherty 社から出た2冊です。『The Earth in the Heavens: Ruling Degrees of Cities, How to Find and Use Them』は、副題のとおり都市を支配する度数の求め方と使い方を扱ったマンデン占星術の本です。『The Stars: How and Where They Influence』は、
恒星がどのように、どこで影響するかを理論的に論じた本です。どちらも1970年に Weiser 社から復刊されました。
ほかに1930年代初めの会報『A New Conception of Sign Rulership』と『Astrological Dictionary』、第一次世界大戦を土地の観点から論じた冊子があったと評伝は伝えています。ただし、日食の研究の大部分は出版されませんでした。
ジョンドロの考えをもっとも深く受け継いだのは
チャールズ・ジェインです。二人は手紙を交わしましたが、一度も会っていません。それでも評伝は、ジェインの考えの多くがジョンドロの発想にもとづいていたと書いています。ジェインの弟子にあたる
ビル・メリディアンは、ジョンドロの評伝を書き、著書『The Predictive Power of Eclipse Paths』でジョンドロの出生前日食の規則や「エレクトリック・フェーズ・アーク」を取り上げています。
ジェインは、ジョンドロが同時代の人々からあまり注目されないまま亡くなったと書き、その影響は死後に大きくなるだろうと予想しました。バーテックスは現在、多くの占星術ソフトで計算される感受点になっています。また、土地とチャートを結びつける研究は、1970〜80年代に
ジム・ルイスのアストロカートグラフィによって広く知られるようになりました。
ジョンドロを知ると、いま当たり前に使われているバーテックスが、無線技術者の発想と、ジェインとの手紙での検証から生まれたことがわかります。メリディアンは、ジョンドロの個々の技法を突き止めることよりも、その占星術の考え方を理解することのほうが大切だと書いています。
学ぶ入り口としては、ユラニア・トラストに掲載されたメリディアンによる評伝がもっともまとまっています。バーテックスの基本は
バーテックスの用語解説で、土地とチャートを結びつける技法は
アストロカートグラフィの項目で確認できます。人物どうしの関係は
現代占星術家マップにもまとめています。