ジェフリー・コーネリアス(Geoffrey Cornelius)は、占星術をディヴィネーション(卜占)として捉え直す議論で知られる英国の占星術家・著述家です。1945年にロンドンで生まれ、2024年8月27日に亡くなりました。出版社の著者紹介では、哲学とディヴィネーションを背景に持つコンサルタント占星術家と紹介されています。
主著『The Moment of Astrology: Origins in Divination』(1994年)で、ホロスコープの解釈は客観的な自然法則の読み取りのように見えても、実際にはディヴィネーションの一形態として理解すべきだと論じました。1983年には、ロンドンの占星術教育団体カンパニー・オブ・アストロロジャーズ(Company of Astrologers)を
マギー・ハイドらと共同で設立し、ハイドとともに同会のディレクターを務めました。
友人の占星術家カーク・リトルによれば、コーネリアスは10代でタロットに親しみ、その後に易経と道家の思想に触れ、20歳ごろにユングに出会いました。本人は2015年のインタビューで、20代に占星術に深く入り込み、1970年か71年ごろにロンドン占星術ロッジ(Astrological Lodge of London)に加わったと振り返っています。
コーネリアスがロッジに加わってまもなく知り合ったのが、ホラリー占星術家の
デレク・アップルビーです。ハイドによれば、1970年代の英国で
ホラリー占星術が復興したのは、アップルビーの実践的な占星術と、それを早くから後押ししたコーネリアスの二人によるところが大きいとされます。ロッジの仲間たちは休憩時間にも集まってチャートを論じ合っていたといいます。
コーネリアスは1970年代から、ロンドンの成人教育機関で占星術を教える取り組みを始めました。ロンドン占星術ロッジと、神智学協会の占星術ロッジの両方で会長を務めたことも、著者紹介に記されています。ロッジの機関誌には、
アラン・レオの時代から現在までのロッジの歴史をたどる論考も寄せています。
1983年、この二つのロッジの後援のもとで、アップルビー、コーネリアス、ハイド、ゴードン・ワトソンの4人がカンパニー・オブ・アストロロジャーズを設立しました。同会は占星術を洞察と自己認識の方法として広めることを目的に掲げ、教育の二つの柱のうち一つとして、占星術の解釈をディヴィネーションと捉える独自の立場から、哲学と心理学の観点を取り入れた学びを設けています。タロットや易経の講座も開かれてきました。
リトルによれば、コーネリアスは
ジョン・アディのハーモニクス研究でデータの整理を手伝い、1990年代初めには、ヴァーノン・ウェルズ、グレアム・トービン、チャールズ・バーネットとともに翻訳のグループにも加わっていました。のちにはケント大学でも教えました。出版社の著者紹介では、カンタベリーの大学の修士課程で教えたとされています。2006年4月にカンタベリーで開かれた会議「Seeing with Different Eyes」にもとづく論集には、ケント大学の研究者の一人として論文を寄せています。
コーネリアスの中心的な仕事は、占星術を自然界の原因と結果で説明する見方に対して、別の枠組みを示したことです。リトルによれば、『The Moment of Astrology』の土台となる仕事は1978年から1986年にかけて進められ、1978年の論文「The Anti-Astrology Signature」が、ディヴィネーションの観点から書いた最初の論考でした。
『The Moment of Astrology』でコーネリアスは、
プトレマイオスが
『テトラビブロス』で示した、天体が地上に自然な作用を及ぼすという説明を問い直しました。2015年のインタビューでは、この因果的・自然学的な枠組みはアリストテレスにさかのぼると述べています。そのうえで、ホロスコープを読む行為は、自然現象の原因を測ることではなく、象徴としてのしるしを読むことだと位置づけました。議論の入り口はホラリー占星術ですが、その主張は出生図を含む解釈全体に及ぶとしています。
この議論では、占星術家自身がその場に関わっていることが重く見られます。コーネリアスは人類学者レヴィ=ブリュルの「神秘的融即」の考え方を手がかりに、解釈する人と読まれるチャートとが切り離せないことを論じました。また、ギリシア語の「カタルケー(katarche)」という語を用いて、占星術家が目に見えない働きとやりとりする、儀礼や、鳥の飛び方などから兆しを読む古代の卜占に近い営みとして占星術を捉える見方を示しています。ただしこの語の用法について、ヘレニズム期の文献上の裏づけははっきりしないとも認めています。
統計研究への評価も独特です。インタビューでは、アディの計画は自然の占星術としても、判断の占星術としても満たされないものだったと述べ、
ミシェル・ゴークランが示した現象は自分の議論の外にあるものだと位置づけています。
その後も、2008年刊行の論集『Seeing with Different Eyes: Essays in Astrology and Divination』(
パトリック・カリー、アンジェラ・ヴォス編)に「From Primitive Mentality to Haecceity: The Unique Case in Astrology and Divination」を寄せ、中世の哲学者ドゥンス・スコトゥスの「このもの性(ハエッケイタス)」の概念とレヴィ=ブリュルの考えを、占星術の解釈に結びつけて論じました。本人のサイトでは、ディヴィネーションの研究を「Field of Omens」という総題でまとめています。リトルによれば、博士論文でもさまざまな型のディヴィネーションを主題にしました。
主著は『The Moment of Astrology: Origins in Divination』です。1994年にペンギン社のアルカナ叢書から刊行され、2003年にウェセックス・アストロロジャー社から改訂版が出ました。
ロバート・ハンドは本書を「現代で最も重要な占星術書のひとつ」と評しています。
ハイドとの共著には、入門書『Astrology for Beginners』(Icon Books、1995年)があります。2026年には、挿絵を新しくした改訂版『The Astrologer's Universe』がウェセックス・アストロロジャー社から刊行されました。改訂版は、占星術への批判、出生図の占星術と物事を始める時の占星術、歳差、運命と自由意志、西洋占星術の歴史から、チャートの読み方、科学かディヴィネーションかという現代の論争までを扱っています。
ほかに、ポール・デヴルーとの共著『The Secret Language of the Stars and Planets』(1996年)があります。ウェセックス・アストロロジャー社は、未発表の論考とインタビューを集めた本を2026年後半に刊行する予定とされています。日本語では、
鏡リュウジ氏の『占いはなぜ当たるのですか』(説話社)に、コーネリアスの講演が付録として収められています。
コーネリアスの議論を受けて、自身の研究の方向を変えた研究者もいます。占星術史家のパトリック・カリーは、自分の仕事の第3の段階がコーネリアスの仕事、とくに『The Moment of Astrology』から生まれたと語っています。リトルによれば、カリーはコーネリアスの方法を「解釈学的な占星術」と呼びました。リトル自身も2006年に、論文「Defining the Moment: Geoffrey Cornelius and the Development of the Divinatory Perspective」を書いています。
2024年9月には『The Astrology Podcast』がリトルを迎えて追悼の回を配信し、ディヴィネーションとしての占星術というコーネリアスの考えを振り返りました。日本では、鏡リュウジ氏がコーネリアスとハイドとの深い関係を語っています。
コーネリアスを知る意義は、占星術家がチャートを読むとき、自分は何をしているのかという問いを正面から考えられることです。占星術を科学として証明しようとする立場とも、単純に退ける立場とも違う第三の見方として、ディヴィネーションという枠組みがあることが分かります。
入口としては、2015年の『The Astrology Podcast』第53回のインタビューで本人の語りを聞き、そのうえで『The Moment of Astrology』に進むのがよいでしょう。ホラリー占星術の実践や、プトレマイオスの自然学的な説明と読み比べると、議論の輪郭がつかみやすくなります。同じ系譜の人物どうしの関係は、
現代占星術家マップでも確かめられます。