ジョナサン・ケイナー(Jonathan Cainer, 1957年12月 - 2016年5月)は、英国の日刊紙で毎日の星座コラムを書き続けた占星術家です。『Today』『Daily Mail』『Daily Express』『Daily Mirror』と全国紙を渡り歩き、英国でもっとも広く読まれた星座コラムニストのひとりになりました。
イングランドのサービトン(当時はサリー州)の生まれです。2004年の The Observer の人物評によれば、ユダヤ系の家庭に育ち、15歳で資格を取らないまま学校を離れました。ガソリンスタンドの店員などとして働き、バンド Strange Cloud にも加わりました。その後、1980年代初めに渡米してロサンゼルスでナイトクラブの支配人を務めています。
公式サイト cainer.com の紹介によれば、知人の知人に出生図を読んでもらい、その正確さに驚いたことがきっかけで、ほとんど偶然のように占星術の世界に入りました。英国に戻ってからロンドンの占星術研究学院(Faculty of Astrological Studies)で学びました。
死後は、後継者として育てていた甥のオスカー・ケイナーがコラムとウェブサイトを引き継ぎました。
英国の新聞に占星術の記事が載るようになったのは1930年のことで、星座ごとに運勢を書く形式はそこから広まりました(
近代西洋占星術を参照)。ケイナーが新聞の仕事を始めた1980年代には、星座コラムは英国の大衆紙に欠かせない欄になっていました。
この時代、星座コラムは紙面の人気欄であると同時に、新聞社にとっての収入源でもありました。ケイナーは自分のコラムから有料の電話占星術サービス(1分あたり60ペンス)へ読者を案内し、その収益を新聞社と分け合う形で働いていました。2005年の The Independent の記事によると、事業全体の年間売上は約200万ポンド、スタッフは30人でした。新聞社どうしが占星術家を引き抜き合う構図も、この時代の英国の新聞界の特徴です。
そこにインターネットが加わります。cainer.com は、もっとも早い時期にネット上に現れた占星術サイトのひとつとされています。2005年の The Independent の記事は、ケイナーの読者が新聞のコラム、本、電話サービス、ネットを通じて彼の予報に触れていたと伝えています。
ケイナーは最初から星座コラムを書いたわけではありません。cainer.com の紹介によると、はじめは正確な出生日時と場所にもとづく個人の
ホロスコープの作成だけを手がけていました。1984年に太陽星座のコラムを書く話が来たときも断り、学習者が天体の象徴を学ぶための本の執筆を選んでいます。初期の占星術用コンピューター・プログラムの共同設計にも関わりました。
転機は1986年です。実業家エディ・シャーが新しい日刊紙『Today』を創刊した際に再び声がかかり、占星術のより深い面も読者に紹介できるという約束のもとで、毎日の太陽星座コラムを引き受けました。その後の経歴は次のとおりです。1992年1月に『Today』を離れ、同年12月に『Daily Mail』へ移りました。2000年1月に『Daily Express』、2001年3月に『Daily Mirror』へ移り、2004年6月に『Daily Mail』へ戻って2016年まで書き続けました。
コラムは英国のほか、オーストラリア、カナダ、南アフリカの日刊紙にも載り、スペイン語や日本語にも訳されました。読者数は、The Observer の推計で1,200万人を超えるとされています。
占星術の位置づけについて、ケイナーは2005年の The Independent のインタビューで、以前は科学だと強く主張していたが、今は確固とした体系をもつ信念の体系と言うのが無難だと語っています。正確な天体位置と実際の天文現象にもとづく点では科学的だが、最終的にはディヴィネーション(占断)の一形態だという考えでした。また同じ記事では、星座コラムは困難の中にいる人にも真剣に読まれるため、誤解されうる書き方になっていないかを確かめる手順を設けていると述べています。2004年の The Guardian のインタビューでも、強い言い切りには但し書きを添えるようにしていると語っています。
最初期の著書は、1985年に Piatkus Books から出た『Jonathan Cainer's Love Signs』です。同じ年に同じ出版社から、料理本『The Junk Food Vegetarian』も出しています。
ほかに『Jonathan Cainer's Guide to the Zodiac』などがあります。2006年には『Cosmic Ordering』を出し、2007年には「how to make your dreams come true」(夢をかなえる方法)という副題の米国版が Collins から出ました。
ただし、ケイナーの仕事の中心はあくまで新聞の毎日のコラムでした。2005年の The Independent の記事によると、週に約2万5千語を書いていました。同じ年の記事で自ら比べたように、星座コラムはクロスワードや漫画と同じく、読者を新聞につなぎとめる欄として扱われていました。
2004年の The Guardian のインタビューでケイナーは、同時代の英国の新聞占星術家のうち、占星術を本格的に扱う人として、シェリー・フォン・ストランケル、
ラッセル・グラント、ニール・スペンサー、マージョリー・オアの名を挙げています。テレビで知られたグラントとは別に、ケイナーは活字の日刊紙を主な舞台にしました。
2016年5月、ノース・ヨークシャーの自宅で倒れているのが見つかり、58歳で亡くなりました。訃報に際して『Daily Mail』は彼を「英国でもっとも偉大な占星術家」と呼びました。コラムとサイトは甥のオスカー・ケイナーが引き継ぎ、cainer.com は現在も新しい予報とケイナーの過去の文章・音声・映像を合わせて公開しています。
ケイナーの経歴は、20世紀後半の英国で星座コラムがどのような位置にあったかを具体的に示しています。正式に占星術を学んだ人物が、出生図の作成という本来の仕事から、全国紙の毎日の星座コラムへと活動の場を移し、数百万人規模の読者を持つに至りました。
太陽星座だけで書くコラムは、出生図全体を読む占星術から見れば一部分にすぎません。ケイナー自身もその限界を意識しながら書いていたことが、インタビューからうかがえます。同じ大衆向けの書き手でも、米国で詩的な週刊コラムを書いた
ロブ・ブレズニーや、ウェブで長文の月間予報を公開した
スーザン・ミラーとは、媒体も文体も異なります。こうした人物の配置は
現代占星術家マップで見渡せます。
ケイナーを知ると、新聞の星座コラムが英国でどれほど大きな読者を持ち、どのような仕組みで支えられていたかがわかります。占星術の歴史を学ぶうえで、専門家の技法の発展だけでなく、大衆の側に占星術がどう届いていたかを知る手がかりになります。
太陽星座のコラムから一歩進んで自分の出生図を読みたい場合は、コラム
太陽星座の先へが出発点になります。月の星座を合わせて読む考え方は
月星座にまとめています。自分の出生図は
無料のホロスコープ計算機で確かめられます。