リチャード・アイデモン(Richard Idemon, 1938-1987)は、1970年代から80年代にかけて、心理学を占星術に持ち込んだ先駆者の一人として知られるアメリカの占星術家・教師です。1938年にオハイオ州アクロンで生まれ、1987年に49歳で亡くなりました。
占星術家になる前は俳優でした。1980年代にはサンフランシスコで自分の学校を開いて教え、アメリカとヨーロッパでの講演を通じて多くの学習者に知られました。心理占星術への関心が高まるにつれて世界各地の大会に招かれ、
リズ・グリーンとともにセミナーを開いたことも紹介されています。占星術家の職能団体 AFAN(The Association for Astrological Networking)の創設メンバーの一人で、NCGR(National Council for Geocosmic Research)や Jungian Society にも関わっていました。
生前には一冊も本を書きませんでした。そのかわりに自分の仕事を出版するための文学信託を遺し、没後にセミナーの録音を起こした2冊の本が刊行されています。現在アイデモンの考えに触れられるのは、この2冊を通してです。
アイデモンが教えた1970年代から80年代は、ホロスコープを出来事の予言ではなく、人の心の構造を読む地図として扱う流れが英語圏で広がった時期です。
デーン・ルディアが開いた人間性重視の占星術に続き、ユング心理学を土台にした読み方が講座や大会で盛んに論じられるようになりました。ロンドンでは1983年にリズ・グリーンと
ハワード・サスポータスが心理占星術センター(CPA)を設立しています。
アイデモンはアメリカ西海岸を拠点にしながら、こうした英米の動きのなかで講師として活動しました。この流れの全体像は
心理占星術の歴史にまとめてあります。
アイデモンの読み方の土台は、ユングのタイプ論です。版元の紹介によれば、彼は心の四つの機能(感覚・思考・感情・直観)を四つの
エレメントに対応させ、地の星が多い人は感覚タイプ、風の星が多い人は思考タイプとみなしました。活動・不動・柔軟の
モダリティにも同じ考え方を当てはめています。
もっとも重視したのは、得意な機能よりも、表に出しにくい劣等機能のほうでした。ある要素のなかに天体が一つしかない
シングルトンは、その一つに大きな心のエネルギーが注がれるため、チャートを読み解く鍵になるとしました。逆に、あるエレメントに天体がまったくない状態を「欠けた機能」と呼び、そこから心の内容が思いがけず噴き出すことを「招かれざる神々」と表現しています。
神話の扱い方にも特徴があります。神話には個人・社会・超個人の三つの層があるとし、牡羊座から蟹座までを「わたし」の段階、獅子座から蠍座までを「わたしとあなた」の段階、射手座から魚座までを「わたしと宇宙」の段階に対応させました。また、俳優出身らしく、天体を役者、サインをその役柄、ハウスを舞台、アスペクトを役者どうしの対話にたとえて説明したと書評は伝えています。
関係性の読み方では、大人の人間関係の多くは親子関係を映し出していると考えました。気づかれないままの投影は、意識して統合されるまで繰り返されるという見方です。そのため関係の主な表示星には金星ではなく
月を置き、月へのアスペクトから、その人が関係のなかで満たされるために何を必要とするかを読みました。
『Through the Looking Glass: A Search for the Self in the Mirror of Relationships』(1992年、Samuel Weiser)は、1985年のセミナーの記録をハワード・サスポータスが編集した本です。Seminars in Psychological Astrology シリーズの第5巻として出ました。人生で出会う大切な人を、自分の成長を映す鏡として見るという主題を、占星術・神話・ユング心理学を組み合わせて論じています。書評によれば、前半は月と親子関係、月へのアスペクトを扱い、後半では愛の多様な形を四つの不動宮に対応させ(牡牛座にエピテュミア、獅子座にフィリア、蠍座にエロス、水瓶座にアガペー)、自己主張と怒りを扱う章で
火星の表れ方を論じています。シナストリーの具体的な技法にも触れています。
『The Magic Thread: Astrological Chart Interpretation Using Depth Psychology』(1996年、Samuel Weiser)は、1986年に行われた6日間の講義、アイデモンにとって最後のセミナーの記録を、Gina Ceaglio が編集した本です。ホロスコープを迷宮にたとえ、絡み合った象徴は一本の糸でつながっていて、アリアドネの糸のようにそれをたどればチャートの中心に行き着く、という考えが題名の由来です。最初の三分の一で否認・抑圧・投影・昇華・補償といった心の防衛機制を占星術の基本と結びつけて説明し、中盤で事例研究、終盤で欠けた機能の扱い方を論じています。
2冊とも一度絶版になり、のちに英国の The Wessex Astrologer から再刊されました。『The Magic Thread』にはスペイン語版『El hilo mágico』もあります。
アイデモンの直接の影響がはっきり確かめられるのは、教え子の世代です。ソーシャルワーカー出身の占星術家
ドナ・カニンガムは、心理学と占星術の融合を体現していた人としてアイデモンを主な師に挙げています。The Urania Trust の紹介でも、心理療法と占星術を組み合わせるやり方をカニンガムに教えたのはアイデモンだったとされています。
また、没後の2冊が、ロンドンの心理占星術を担ったサスポータスの編集やWeiserのセミナー叢書を通じて出版されたことで、アイデモンの講義は彼の教室に通わなかった読者にも届くようになりました。主な人物どうしのつながりは
現代占星術家マップでも確かめられます。
アイデモンの仕事に触れる意義は、エレメントの偏りやシングルトンといった、チャートを数えるだけで分かる特徴を、心の働きの手がかりとして読む方法を学べる点にあります。関係性を月から読む視点も、金星を中心に考えがちな読み方とは違う角度を与えてくれます。
入口としては、関係性に関心があるなら『Through the Looking Glass』、出生図の読み方を知りたいなら『The Magic Thread』が向いています。どちらもセミナーの記録なので、受講者とのやりとりを追いながら読み進める形になります。ユング心理学と占星術の関わりを先に押さえておきたい場合は
ユングと心理占星術のコラムが参考になります。自分のチャートでエレメントの数を数えてみることが、アイデモンの方法を試すいちばん手軽な一歩です。
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