パトリック・カリー(Patrick Curry)は、占星術の歴史とディヴィネーション(卜占)の哲学を研究してきた英国の研究者・著述家です。1951年3月24日にカナダのウィニペグで生まれ、15歳でカナダを離れ、その後50年以上ロンドンを拠点にしています。
カリフォルニア大学サンタクルーズ校で心理学の学士号(1978年)を取得し、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで論理学と科学方法論の修士号(1980年)、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで科学史・科学哲学の博士号(1987年)を得ました。博士論文は17〜18世紀のイングランドで占星術が衰退していく過程を扱ったもので、これが最初の単著『Prophecy and Power』(1989年)になりました。
占星術史の研究者として知られる一方、トールキン論、エコロジーの倫理、現代における「魔法にかかったような驚き」(エンチャントメント)の研究でも多くの著作があります。
研究者として歩み始めた1980年代、カリーは1984年にロンドンのウォーバーグ研究所で占星術史の会議を組織し、その成果を論集『Astrology, Science and Society』(1987年)にまとめています。中世から近世の占星術を、科学史や社会史の研究者が正面から論じる場をつくった仕事です。
2000年代に入ると、占星術を大学で研究・教育する場が生まれます。2002年、バース・スパ大学のソフィア・センターで文化占星術・天文学の修士課程が始まり、カリーは
ニコラス・キャンピオンとともに講師を務めました。2006〜2009年にはケント大学で、宇宙論とディヴィネーションの文化研究を扱う修士課程の講師を務めています。博士課程の指導にも加わり、占星術の理論的な基礎(ケント大学、2011年)や、現代認識論から見た占星術と真理(UWTSD、2020年)を扱う2本の博士論文の指導に携わりました。
カリーの第一の功績は、占星術を「近代科学の登場で自然に消えた迷信」として片づける見方に対し、社会史の方法で具体的な反証を示したことです。『Prophecy and Power: Astrology in Early Modern England』は、17世紀半ばのイングランドで占星術が隆盛し、18世紀を通じて文化的な地位を失っていく過程をたどった研究です。カリーは当時の占星術を、単純で技術的でない形で表された民衆的な占星術、
ウィリアム・リリーが暦や著作で示したような判断の占星術、エリアス・アシュモールらに結びつく上層の占星術に分けて捉え、それぞれがイングランドの階層社会の形成とどう関わったかを論じました。新しい科学が占星術を時代遅れにしたという単純な説明ではなく、社会的な力関係のなかで占星術の位置が変わっていったという見取り図を示した点が、この本の特色です。
続く『A Confusion of Prophets: Victorian and Edwardian Astrology』(1992年)では、19世紀後半から20世紀初めの英国で占星術が復興していく時代を扱いました。
アラン・レオらが近代占星術を広めた時期にあたります。
第二の功績は、占星術をディヴィネーションとして捉える議論です。カリー自身は、占星術との関わりに三つの段階があったと語っています。姉から太陽星座を教わった神智学的な占星術の段階、
デーン・ルディアや
リズ・グリーンの
『Saturn』(1976年)を通じて知り、1970年代半ばにグリーンから手ほどきを受けた心理占星術の段階、そして
ジェフリー・コーネリアスの『The Moment of Astrology』(1994年)や、コーネリアスらが集う Company of Astrologers の仕事に触れて形づくられたディヴィネーションとしての占星術の段階です。伝統的占星術や科学的な占星術の立場はとらなかったとも述べています。
この立場からカリーは、占星術は科学ではなく、それで構わないと述べています。この点では
ジェフリー・ディーンと同じく占星術が「科学的」ではないことを認めつつ、だからといって価値が下がるわけではないという立場です。出生図から人について何かが分かるとしても、それはその人を描き出しているのであって説明しているのではない、だから物事の原因を星に帰すべきではない、というのがカリーの考え方です。2025年のインタビューでは、占星術に求めてよいのは行動についての助言や、いまの状況への洞察であり、未来を予言しようとすべきではないとの考えを示しています。
占星術史の著作としては、単著の『Prophecy and Power』(Polity Press、1989年。米国ではプリンストン大学出版局)と『A Confusion of Prophets』(Collins & Brown、1992年)、編著の『Astrology, Science and Society: Historical Essays』(Boydell Press、1987年)があります。『Prophecy and Power』は2024年にソフィア・センター出版から第2版が出ており、本文は初版のままで、歴史家ダレル・ラトキンの序文が加わっています。
占星術とディヴィネーションの理論面では、人類学者ロイ・ウィリスとの共著『Astrology, Science and Culture: Pulling Down the Moon』(Berg、2004年)があります。編著には、キャンピオンとの『Sky and Psyche: The Relationship between Cosmos and Consciousness』(2006年)、アンジェラ・ヴォスとの『Seeing with Different Eyes: Essays on Astrology and Divination』(2008年)、『Divination: Perspectives for a New Millennium』(2010年)があります。最後の論集は、人類学・宗教学・歴史学・古典学の論考に、実践者の視点を加えてディヴィネーションを論じたもので、占星術を西洋における主要なディヴィネーションの形として扱っています。
占星術以外では、トールキン論の『Defending Middle-earth』(初版1997年)、『Ecological Ethics: An Introduction』、『Enchantment: Wonder in Modern Life』(2019年)などがあります。
カリーの近世イングランド研究『Prophecy and Power』は、初版から35年後の2024年に、ソフィア・センター出版から第2版が出ています。
大学教育を通じた影響もあります。キャンピオンとともに講師を務めたバース・スパ大学の修士課程は、2008年にソフィア・センターとともにウェールズ大学ランピター校へ移り、現在のUWTSDに引き継がれています。カリーが指導に携わった2本の博士論文は、いずれも占星術そのものを研究主題としたものでした。
また、コーネリアスらの議論を受け継ぎ、占星術をディヴィネーションとして理解する立場を、哲学・人類学の言葉で論じた点も、カリーの仕事の広がりを示しています。
カリーを知る意義は、占星術がいつ・なぜ社会の中心から退いたのかという問いに、史料にもとづく答え方があると分かることです。リリーの時代の
ホラリー占星術がどのような社会のなかで営まれていたかを知ると、古典技法を学ぶときの見通しも変わってきます。
まず『Prophecy and Power』で近世イングランドの占星術の盛衰をたどり、
ルネサンス期の占星術や
近代西洋の占星術の解説とあわせて読むと、時代の流れがつかみやすくなります。占星術とは何かという問いに関心があれば、『Astrology, Science and Culture』やコーネリアスの著作へ進むのがよいでしょう。研究者どうしの関係は
現代占星術家マップでも確かめられます。