ロバート・ゾラー(Robert Zoller、1947年1月25日〜2020年1月24日)は、ラテン語で書かれた中世の占星術文献を読み直し、その予測技法を現代に紹介したアメリカの占星術家・翻訳家です。1980年の著書『The Lost Key to Prediction: The Arabic Parts in Astrology』は、1980〜90年代の伝統的占星術の復興に先鞭をつけた本の一つとされています。
The Astrology Podcast の追悼回によると、ゾラーはニューヨーク州マウントバーノンに生まれました。1990年代にパーキンソン病を発症し、長い闘病ののち、73歳の誕生日の前日にあたる2020年1月24日に亡くなっています。
追悼回で流された生前のインタビューによると、ゾラーは16歳ごろに初めて占星術の本を手にし、大学(1965〜68年)を終えてから本格的に学び始めました。最初の師は、第二次世界大戦後にハンガリーから渡米し、ニューヨークで書店を営んでいたゾルタン・メイソン(Zoltan Mason)で、1970年から1974年まで師事しています。ゾラーによると、本当の占星術に入っていくには古典語を学ばなければならないと説いたのは、このメイソンでした。
そこでゾラーはラテン語を学びます。マンハッタンの夏期ラテン語講座を経て、1975年から1977年にかけてニューヨーク市立大学シティ・カレッジの中世・ルネサンス研究所でマドレーヌ・コスマンに学び、その縁で、アブー・マァシャルの研究者リチャード・ルメイにも短期間師事しました。2007年のコンクレイヴでの講演でも、ゾラーはルメイを自分の師と呼んでいます。影響を受けた占星術家として、
グイド・ボナッティとジャン=バティスト・モランの名を挙げています。アンソニー・ルイスは、ゾラーがニューヨーク公共図書館で中世の占星術文献の翻訳に時間を費やしていたと回想しています。
ゾラーの功績の第一は、中世の
ロット(アラビック・パーツ)の教えを掘り起こしたことです。著書『The Lost Key to Prediction』は、ニューヨークの書店にいたクラーク・スティルマンの依頼で書かれたとゾラー本人が語っており、追悼回の聞き手
クリス・ブレナンの問いに答えて、
ベンジャミン・ダイクスは、その大半がボナッティのロットに関する記述の翻訳だと説明しています。中世の原典に即してロットの使い方を示したこの本は、のちの伝統的占星術の復興の先駆けの一つになりました。
第二は、翻訳事業プロジェクト・ハインドサイト(Project Hindsight)への参加です。1992年のユナイテッド・アストロロジー・コングレスで、
ロバート・シュミット、エレン・ブラック、
ロバート・ハンドと翻訳事業を話し合い、翌1993年に始まったプロジェクトでラテン語の主任翻訳者を務めました。プロジェクトのもとで、ボナッティの一部、
アル=キンディーの『星の光線について』、『ヘルメスの書(Liber Hermetis)』などのラテン語文献を訳しています。ただし公式サイトによれば初年のうちにプロジェクトを離れ、ブレナンは創作上の方針の違いによるものだったと述べています。
第三は教育です。ゾラーは中世占星術を書面で学ぶ通信講座を開き、修了者に認定を与えました。ダイクスはこの講座のサーティフィケート課程とディプロマ課程を修め、カナダで開かれた数日間の対面集中講座にも参加したと語っています。ダイクスは別のインタビューで、自分の占星術観の転機は、リリーやプトレマイオスを読み、ゾラーのもとで中世占星術を学んだことだったと述べています。
クリストファー・ワーノックもこの講座の修了者で、ブレナンによればワーノックに『ピカトリクス』を紹介したのもゾラーでした。
代表作は『The Lost Key to Prediction: The Arabic Parts in Astrology』(Inner Traditions、1980年)です。のちの版では題名の前後を入れ替え、『The Arabic Parts in Astrology: A Lost Key to Prediction』として刊行されました。アンソニー・ルイスによると、翌1981年にはボナッティの方法を扱ったテキスト『Tools & Techniques of the Medieval Astrologers』も書いています。
翻訳では、プロジェクト・ハインドサイトのラテン語シリーズとして出たアル=キンディー『星の光線について』やボナッティの部分訳があります。ボナッティの『天文学の書』の全訳は、のちにダイクスの手で2007年に刊行されました(
『天文学の書』)。
ゾラーの影響は、何より通信講座の修了者を通じて広がりました。ディプロマを得たダイクスは、その後、中世の技法を伝える文献の翻訳と刊行を続けています。ダイクスは追悼回で、講座で学んだ人はここに挙げきれないほど多いと語っています。
晩年はパーキンソン病のため執筆が限られましたが、2006年から2007年にはメリーランド州カンバーランドのプロジェクト・ハインドサイトに滞在し、2007年のコンクレイヴで講演しました。この時期、ブレナンは1年ほどゾラーと同じ家で暮らしたと述べています。ブレナンは2011年1月9日に、当時の番組 Traditional Astrology Radio でゾラーに1時間のインタビューを行っています。
ゾラーは1980年代から、ラテン語の原典に立ち返って中世の予測技法を示しました。中世の占星術が再び学ばれるようになった流れのなかで、ロットの扱いやボナッティへの関心を早くから持ち込んだ人物として、また中世占星術を体系立てて教える講座を作った教育者として位置づけられます。
ヘレニズム期の原典の翻訳がシュミットの仕事だったとすれば、ゾラーは中世ラテン語圏の伝統を担った人物でした。両者を並べると、古典派の系譜のなかで、伝統的占星術の復興がいくつもの経路で進んだことがわかります。
ゾラーを知ると、現在よく知られるロットや中世の予測技法が、20世紀後半にどのような経路で実践の場に戻ってきたのかがわかります。まず本事典の
アラビック・パーツのコラムと幸運のロットで基本を押さえ、ボナッティの人物ページと『天文学の書』へ進むと、ゾラーが読んだ原典の世界に近づけます。
ゾラーの生涯と考え方は、The Astrology Podcast の追悼回(第249回)とその書き起こしで本人の声とともにたどれます。弟子筋との関係は
現代占星術家マップでも確かめられます。
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