アロイス・トラインドル(Alois Treindl)は、1950年3月7日にドイツで生まれた物理学者で、スイスのチューリヒを拠点とする占星術サービス会社 Astrodienst AG の創設者・代表です。世界中の占星術学習者が無料でチャートを作成できるウェブサイト astro.com の運営者として、また占星術ソフトウェアの開発者向けに公開された天体計算ライブラリ「Swiss Ephemeris(スイス・エフェメリス)」の作者の一人として知られています。
トラインドルの仕事は、新しい解釈理論を打ち立てることよりも、ホロスコープを正確に計算し、それを多くの人が使える形で届ける基盤づくりにありました。チャートの作図や
天体暦の計算という、占星術の実務の土台にあたる部分をコンピューターで支え、その上に
リズ・グリーンや
ロバート・ハンドといった占星術家の解釈文を載せて提供してきた点に特徴があります。
本人の紹介によれば、トラインドルは1970年からプログラミングに親しんでいました。1976年にスイス連邦工科大学(ETH)の物理学の研究助手としてチューリヒに移り、1981年に同大学で物理学の博士号を取得しています。
占星術への関心が始まったのは1979年の夏で、偶然手にした一冊の古本の占星術書がきっかけでした。その後、大学の図書館でドイツの占星術家
トーマス・リングの全4巻の著作『Astrologische Menschenkunde』に出会い、リング本人のもとで学び始めます。この師事は、リングが1983年に亡くなるまで数年間続きました。さらに1984年にはリズ・グリーンと出会い、1985年から彼女のもとでも学んでいます。
物理学の研究者として計算とプログラミングの技術を身につけていた時期に、ドイツ語圏の人間学的な占星術と、英語圏の心理占星術の双方に直接触れたことが、のちの Astrodienst の仕事の方向を形づくりました。
トラインドルは1980年1月、「Astrodienst Zürich」の名でカラーのチャート作図サービスを始めました。本人の紹介ページによれば、早い時期に書いた最初のプログラムは、カラーのチャートを描くためのものでした。1983年にはピーター・イスラー(Peter Isler)と手を組み、同年10月4日に Astrodienst AG が法人として登記されました。当初は、職業的な占星術家に向けた計算サービスという位置づけです。1987年にはモデム回線で結んだ提携会社のネットワークづくりにも着手しています。
大きな転機となったのが、リズ・グリーンとの共同開発です。グリーンが解釈のモデルと占星術家としての経験を、トラインドルがソフトウェアを担当し、およそ2年の開発を経て、1987年3月に解釈レポート「Psychological Horoscope Analysis」が発売されました。グリーン側の紹介でも、1985年からトラインドルとコンピューターによる解釈プログラムを共同開発したことが記されています。その後、1989年9月にはロバート・ハンドの「Transits of the Year」、1992年5月にはグリーンの「Relationship Horoscope」、1993年11月にはグリーンの「Child's Horoscope」とハンドの「Personal Horoscope Calendar」が加わりました。
1996年に Astrodienst はインターネットでの公開を始め、同年8月に www.astro.ch が開設されます。1998年には astro.com のドメインを取得しました。2000年代以降は多言語化を進め、日本語版は2011年8月16日に公開されています。
計算の面では、トラインドルは自作の惑星計算ルーチン PLACALC と Swiss Ephemeris を、占星術ソフトウェアの開発者たちに公開しました。Swiss Ephemeris の作者はディーター・コッホ(Dieter Koch)とトラインドルの二人で、1997年の最初の版は米ジェット推進研究所(JPL)の天体暦 DE405/406 にもとづいていました。2014年2月の版 2.00 からは DE431 に、現在は DE441 にもとづいています。暦ファイルを使わない場合でも、内蔵の Moshier 理論によって惑星は0.1秒角より良い精度、月は3秒角の精度が得られるとされています。利用条件は、GNU Affero 一般公衆利用許諾(AGPL)と有償のプロフェッショナル・ライセンスのどちらかを選ぶ二重ライセンスです。本事典の
無料ホロスコープ計算ツールも、この Swiss Ephemeris(Python 版の pyswisseph と内蔵の Moshier 理論)で天体位置を計算しています。
データの面での大きな仕事が、Astro-Databank の引き継ぎです。
ロイス・ロッデンが集めた出生データの集成を Astrodienst が2008年に取得し、2009年3月12日に誰でも閲覧・編集に参加できる wiki として公開しました。
トラインドルの代表的な仕事は、書物ではなくソフトウェアとサービスです。一つは、リズ・グリーンの解釈モデルを実装した「Psychological Horoscope Analysis」(1987年発売)で、心理占星術の読み方を個人向けのレポートとして届けた初期の例です。もう一つは、ディーター・コッホとの共著にあたる計算ライブラリ Swiss Ephemeris(1997年初版)です。そして、これらの計算とレポートを一般の利用者に開いたウェブサイト astro.com が、三つ目の仕事にあたります。
Swiss Ephemeris は占星術プログラマーの共同体に向けて公開され、利用条件を選べる形で配布されています。また Astro-Databank の wiki 化により、ロッデンが評価基準つきで集めた出生データが、無料で参照できるようになっています。
こうした仕事に対して、トラインドルは2016年10月8日にドイツ占星術家協会(DAV)から「Golden Jupiter 2016」を、同年10月15日には米カリフォルニア州コスタメサで開かれた ISAR の大会で生涯功労賞を受けています。
トラインドルは、物理学者としての計算技術を占星術の基盤づくりに向け、解釈の部分はグリーンやハンドといった占星術家の仕事に委ねるという分担を、会社の製品の形ではっきり示した人物です。占星術の流派がどれほど違っても、チャートの計算そのものは共通の土台を必要とします。その土台を公開の形で整えた点に、トラインドルの仕事の位置があります。マップ上での人と人のつながりは
現代占星術家マップでも確かめられます。
トラインドルの仕事に触れるいちばん身近な方法は、astro.com で実際に自分のチャートを作ってみることです。あわせて Astro-Databank を開くと、出生データがどのような評価基準で整理されているかを確かめられます。計算の仕組みに関心がある人は、Swiss Ephemeris の公式の説明ページで、どの天体暦にもとづき、どの程度の精度で計算されているかを読むことができます。
解釈の面では、トラインドルが製品化に協力した
リズ・グリーンと
ロバート・ハンドの著作に進むと、レポートの背後にある考え方をたどれます。また、師である
トーマス・リングの仕事を知ることで、トラインドルが占星術に入った入口がどこにあったのかが見えてきます。