ロバート・シュミット(Robert H. Schmidt、1950年12月22日〜2018年12月6日)は、古代ギリシア語で書かれた占星術文献を英語に翻訳し、ヘレニズム占星術の復興の土台を築いたアメリカの在野の研究者・翻訳家です。1993年に始まった翻訳事業プロジェクト・ハインドサイト(Project Hindsight)の主任翻訳者として知られています。
プロジェクト・ハインドサイトの公式サイトに載る追悼文によると、シュミットはイリノイ州ロックアイランドに生まれ、ミネソタ州ミランで育ちました。マサチューセッツ工科大学(MIT)の全額奨学金を断ってメリーランド州アナポリスのセント・ジョンズ・カレッジに進み、在学中はヤコブ・クラインとトマス・マクドナルドという二人の教師から深い影響を受けたとされます。
大学や研究機関には所属しませんでした。古代文献を紹介するブログを続けるロジャー・ピアースの追悼記事は、シュミットが印刷工などの仕事を経て、翻訳の自費出版と講義・セミナーの録音で生計を立てた独立研究者だったと記しています。67歳で亡くなりました。
シュミットは1971年、セント・ジョンズ・カレッジの同窓生
エレン・ブラックと結婚しました。その後も6年ほどアナポリスにとどまり、大学の印刷所で働きながら古代ギリシア語とドイツ哲学の研究を続け、ギリシア語・ラテン語・ドイツ語・フランス語の著作を翻訳していました。
1985年、夫妻は翻訳を刊行するための出版社ゴールデン・ハインド・プレス(The Golden Hind Press)を設立します。当初の刊行物は数学・科学・論理学の歴史に関わる、あまり知られていない著作の翻訳で、エウクレイデスの『与件(データ)』の英訳や、ヴィエト、ジラール、ド・ボーヌの方程式論を収めた一冊などがありました。あわせて、翻訳中の著作への注解と数学史・数学哲学を扱う雑誌『Hindsight』も発行しています。
占星術の翻訳に向かうきっかけは1992年でした。公式サイトの「Early History」によると、シュミットとブラックはこの年のユナイテッド・アストロロジー・コングレスに参加し、
ロバート・ハンド、
ロバート・ゾラーと翻訳事業の実現性を話し合いました。翌1993年、シュミットがプロジェクト・ハインドサイトの計画を立て(名前は先の雑誌に由来)、ハンドがその春の大会で占星術界に発表しました。追悼文によれば、当時ヘレニズム期の占星術文献は、プトレマイオスの『テトラビブロス』を除けば現代の読者にほとんど知られていない状態でした。
シュミットの功績の第一は翻訳です。プロジェクト・ハインドサイトは購読制で運営され、最盛期には世界でおよそ500人の購読者がいたと公式サイトは記しています。シュミットがギリシア語の翻訳、ハンドが総編集、ゾラーがラテン語の翻訳を担いましたが、ゾラーは初年のうちに離れ、ハンドも1997年4月に総編集を退いたため、以後はシュミットが翻訳・編集・出版を兼ねました。ピアースは、シュミットの訳の多くがその原典の初めての現代語訳だったと書いています。
ギリシア語シリーズ(Greek Track)は、第1巻のパウルス・アレクサンドリヌス『入門』に始まり、プトレマイオスの恒星の出没にもとづく天候予測の書、ウェッティウス・ウァレンスの『アンソロジー』の各巻、『テトラビブロス』の各巻、ヘファイスティオの『集成』などを順に訳出しました。改訂を前提とした暫定訳を小分けの冊子で出し、購読者の反応を受けて直していく方式がとられています。
第二は、訳した原典から技法の体系を組み立て直したことです。追悼文によると、シュミットは残存する文献が書かれた時代にちなんでこれを「ヘレニズム占星術」と呼び、
セクト、ヘルメスのロット、惑星どうしの配置の考え方、
ゾディアカル・リリーシングなどを掘り起こしました。翻訳の過程で新しい英語の術語を作ったのもシュミットだったとされます。
シュミット自身は「The System of Hermes」と題した文章で、ヘレニズム占星術の概念と技法の大半は紀元前2世紀にはすでに出そろっており、一人の人物か小さな学派が短期間に作り上げた体系だと考えた、と述べています。フィルミクス・マテルヌスが伝える系譜が創始者をヘルメスとしていることから、体系全体を「ヘルメスの体系」と名づけました。晩年にはブラックとともに、その創始者はプラトンと同時代の数学者クニドスのエウドクソスだという説を立て、2015年の講義録で論じています。
代表的な仕事は、プロジェクト・ハインドサイトのギリシア語シリーズの翻訳群です。The Astrology Podcast の解説回では、プロジェクトの翻訳はおよそ30点にのぼり、その多くが1990年代半ばに出たと説明しています。いずれもゴールデン・ハインド・プレスから、改訂を前提とした暫定訳として刊行されました。
単著としての大きな仕事は『Definitions and Foundations』(2009年、ゴールデン・ハインド・プレス、メリーランド州カンバーランド)です。「初期の賢者たちの占星術記録(The Astrological Record of the Early Sages)」の第2巻にあたり、アンティオコスの著作の要約を中心に、ポルピュリオスやレトリオスの類似箇所を照らし合わせて、支配とディグニティ、アスペクト、ハウス、幸運のロットなどの基本概念の定義を復元しようとしたものです。Skyscript に載ったジョセフ・クレインの書評は、執筆に約5年をかけた一冊だと紹介しています。
2000年には論文「The Problem of Astrology」を書きました。晩年の講義録には『A Basic Course in Hellenistic Natal Astrology』の第1部から第4部があり、2015年の第2部「the Eudoxus Files」でエウドクソス起源説の主な論拠を示しました。亡くなったときは第5部に取り組んでいたとされます。ハウス・システムを論じた講義録『House System Discussion』もあります。
シュミットとブラックは、講義の多くを自宅で数日がかりの合宿形式で開き、「コンクレイヴ」と呼ぶ大会も主催しました。最初のコンクレイヴは1994年、ウェストヴァージニア州バークリー・スプリングスで開かれています。1998年に夫妻はブラックの生家があるメリーランド州カンバーランドへ移り、そこが活動の拠点になりました。
この場から次の世代が育ちました。
デメトラ・ジョージは2001年から2002年の冬にカンバーランドでヘレニズム占星術を学び、2002年春からケプラー・カレッジでその講座を教え始めています。
クリス・ブレナンは、2005年から2007年までプロジェクト・ハインドサイトに住み込み、シュミットと暮らしながら学んだと自身の番組で語っています。ブレナンの
『ヘレニズム占星術』(2017年)は、こうした先行翻訳の上に書かれた概説書です。
セクト、ヘルメスのロット、ゾディアカル・リリーシングといった、今日ヘレニズム系の実践で使われる概念の多くは、シュミットの翻訳と講義を経て英語圏に戻ってきました。1990年代以降の伝統的占星術の復興をたどると、その出発点の一つに彼の翻訳があります。
一方で、ピアースは、翻訳が自費出版だったため大学の研究図書館にはほとんど入らなかったと記しています。シュミットの仕事は、占星術の共同体の内部で、購読者の支援によって進められた研究でした。
シュミットを知ると、現在の入門書に当たり前に載っている古代の技法が、どの原典から、誰の手で取り出されたのかが見えてきます。ヘレニズム占星術を学ぶなら、まず本事典の
ヘレニズム期の占星術と
パウルスの『入門』で全体像をつかみ、そのうえで翻訳そのものに当たるのが近道です。
シュミットとブラックの遺した仕事は、現在キャスリン・ヒグソン、テッド・ヒグソン夫妻が引き継いでおり、講義の公開や絶版の翻訳の再刊、未発表の研究の刊行が予定されています(projecthindsight.net)。同時代の人物との関係は
現代占星術家マップでも確かめられます。
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