ルネ・ヴァン・ダール・ワタナベ(1942年3月24日〜2011年11月22日)は、雑誌とテレビを通じて西洋占星術を日本の一般読者に広めた占星術家・著述家です。本名は渡辺幸次郎。東京に生まれ、1971年に創刊された女性誌『non-no』で創刊と同時に西洋占星術のコラムを受け持ち、研究所のプロフィールによれば40年にわたって連載を続けました。1976年には心理と占星学の研究所「ルネ・ヴァン・ダール研究所」を創立し、西洋占星術を中心とする「天文心理学」と、心理カウンセリングに占星術を組み合わせた「ホロスコープ・カウンセリング」を提唱しました。
学習院中等科・高等科を経て学習院大学文学部を卒業し、その後ヨーロッパに遊学しています。研究所のプロフィールでは、ユネスコの国際文化交流組織の派遣学生としてロンドンの青少年科学会議に参加したと紹介されています。帰国後は東京・六本木の狸穴にアトリエを構え、エッセイやシナリオの執筆を始めました。祖父は随筆家で江戸文学の研究家でもあった宮川曼魚、弟はファッションデザイナーの渡辺雪三郎です。
日本占術協会では副会長などを務めました。2011年11月22日、前立腺がんのため69歳で亡くなっています。
活動が本格化した1970年代は、若い女性向けの雑誌が次々に生まれ、星座の読み物がその定番の頁として定着していった時期です。1966年に
門馬寛明の『西洋占星術』がカッパ・ブックスから出て、太陽星座別に読む入門書が一般の書店に並ぶようになっていました。そこへ1971年、『non-no』が創刊と同時に西洋占星術のコラムを設け、その筆者となったのがルネ・ヴァン・ダール・ワタナベです。
鏡リュウジ氏は追悼文のなかで、ルネが『non-no』の創刊以来その頁を担当し、日本の女性誌における占星術の基礎を築いたこと、さらに女性誌やファッション誌という文化そのものの立ち上げに関わったことを挙げています。同じ追悼文によれば、ルネは『マイバースデイ』などの専門誌でも西洋占星術や神秘学、魔女や妖精といった題材を扱い、テレビでは『3時にあいましょう』などの番組にレギュラーで出演していました。
同じ1970年代には
ルル・ラブアもマスコミと著作を通じて活動を広げ、少し後の世代では
マドモアゼル・愛氏が雑誌から活動を始めています。雑誌、書籍、テレビという複数の媒体が重なり合うなかで、西洋占星術は限られた愛好者のものから一般の読者が日常的に目にするものへと変わっていきました。
ルネの第一の功績は、雑誌の星座コラムという形式で西洋占星術を日常の読み物にしたことです。『non-no』での40年にわたる連載のほか、研究所のプロフィールによれば各誌に西洋占星術、エッセイ、評論、心理テストなどを書きました。初期の単行本には『ルネの愛を結ぶ西洋占星術』(エヌピー出版、1975年)や『星影の中の男たち』(大和書房、1977年)があり、恋愛や相性、男性像を題材にした書名が並びます。
第二の功績は、占星術と心理学を結びつける独自の枠組みを打ち出したことです。研究所のプロフィールによれば、ルネは占星術を心理学、文化人類学、宗教学の一分野として捉え直し、来談者を中心に据えたカウンセリングの技法として改良しました。その成果が「ホロスコープ・カウンセリング」で、研究所はこれを、心理カウンセリングに占術を加え、相談者が自分の物語をつくることを支える技法と説明しています。1992年の『心理分析とホロスコープ』には「天文心理学序説」、1996年の『占星術から天文心理学へ』には「ホロスコープ・カウンセリング入門」という副題が付き、晩年の『運命学の真実』(2009年)では「時空心理学概論」を掲げました。人間の苦悩は時間的な空間を認識したところから始まる、という考えに立つのが時空心理学だと研究所は紹介しています。
第三に、後進の育成の仕組みを整えたことが挙げられます。研究所によれば、ルネは1989年に西洋占星学の通信講座の教本とカリキュラムを作成し、その講座からはプロとして活動する修了者が出ています。また、現代人の悩みを受け止めるボランティアの相談窓口「ホットライン」を開設し、35年にわたって続けたことも研究所のプロフィールに記されています。
国立国会図書館に所蔵される著書は数十点に及びます。占星術の技法を前面に出したものとしては、『天王星占星術』(集英社、1979年)、
エレメントを主題にした『エレメンツ占星術』(集英社文庫コバルト・シリーズ、1981年)、『星たちからのメッセージ 愛の西洋占星術』(同、1980年)、『結婚占星術』(実業之日本社、1983年)、『愛情占星術』(光文社文庫、1984年)、『相性占星術』(同、1985年)などがあります。『ムーン・バイブレーション』(小学館、1984年)には「新東洋占星術」という副題が付いており、西洋の枠にとどまらない題材も手がけていました。
天文心理学とホロスコープ・カウンセリングの考え方を示したのが、『心理分析とホロスコープ 天文心理学序説』(実業之日本社、1992年)、『占星術から天文心理学へ ホロスコープ・カウンセリング入門』(フリースペース、1996年)、『運命学の真実 時空心理学概論』(フリースペース、2009年)の3冊です。鏡リュウジ氏は追悼文で、生前のルネから『運命学の真実』を贈られたことに触れています。
没後の2013年には、時代小説『落雷の塔 夢次郎紅毛カルタ事件帖』が光文社文庫から刊行されました。研究所の名義では、『いちばんやさしい西洋占星術入門』(ナツメ社、2018年)や『基礎からわかる西洋占星術の完全独習』(日本文芸社、2020年)といった入門書が出ています。
影響のもっとも具体的な証言は、鏡リュウジ氏の追悼文です。1968年生まれの鏡氏は、物心ついたころからルネの仕事に触れ、少女向けの星座雑誌の記事を帰り道に夢中で読み、その文体に憧れて書き写すこともあったと振り返っています。10歳ごろにルネの著書を通じて、薔薇十字、神秘学、ホロスコープ、ユングといった言葉に初めて触れたと思うとも書いています。のちに鏡氏が英国の占星術家に師事したことにもルネの影響があったと考えていること、雑誌での対談や2010年の「日本における占星術3世代」という企画で共演したことも記されています。
鏡氏は同じ文章で、占星術は精密科学ではなくアートでありカルチャーだと述べたうえで、星の読み物を長年魅力的に紹介し続けた才能と努力に敬意を表し、心理学と占星術を独自に融合させて後進の育成を続けたことを大きな功績として挙げています。
研究所は没後も存続し、公式サイトでは所属研究家の紹介とともに、西洋占星学の通学・通信講座やカウンセリングを案内しています。研究所名義では入門書のほか、天文暦『ぐるぐる占星天文暦』(フリースペース、2017年・2025年)も刊行されています。
ルネの仕事は、20世紀後半に英語圏で進んだ
心理占星術の流れと時期が重なります。研究所の説明では、ルネはカウンセリングの実践と研究から独自の技法を開発したとされ、雑誌の読み物と相談の現場という二つの場で仕事を続けました。「天文心理学」「ホロスコープ・カウンセリング」「時空心理学」という独自の名称は、占星術を相談の場で使う技法として位置づけ直そうとした試みの跡です。占星術と心理学の関係を考えるうえでは、本事典の
占星術と心理学や
ユング心理学と占星術の解説とあわせて読むと、日本でこの結びつきがどのように独自の形をとったかが見えてきます。
ルネを知る意義は、日本で「星座の読み物」が雑誌文化の定番になっていった経緯と、その書き手が同時に心理学との統合を模索していたことを、一人の仕事のなかで確かめられる点にあります。
学ぶ入口としては、まず『占星術から天文心理学へ』で、ホロスコープ・カウンセリングという考え方の骨組みをつかむのがよいでしょう。そのうえで鏡リュウジ氏の追悼文を読むと、雑誌の読者だった世代がこの仕事をどう受け止めてきたかがわかります。日本の占星術家どうしのつながりは、
現代占星術家マップでも確かめられます。