名言ほど、出典をたどる
歴史上の有名人と占星術を結びつける逸話には、思わず人に話したくなる「キャッチーな名言」がつきものです。ところが、こうした名言ほど出典をたどると根拠が見つからず、後世の創作や、文脈のすり替えである場合が少なくありません。事実かどうかは、語り口の面白さではなく、一次資料があるかどうかで見分けるのが基本です。ここでは占星術にまつわる代表的な「誤帰属(ごきぞく=別の文脈の言葉を取り違えて結びつけてしまうこと)」を取り上げ、有名な逸話との付き合い方を考えます。
こうした名言は、立場の違う語り手によって正反対の目的に使われるという共通点があります。占星術に懐疑的な立場からは「賢明な科学者や実業家すら結局は非合理に頼った」という皮肉として引用され、逆に好意的な立場からは「一流の頭脳がお墨付きを与えた」という権威づけとして引用されるのです。同じ逸話が賛否両方の主張を支える形で流通している場合、その逸話自体の出典が薄いことを疑う手がかりになります。
ニュートンは占星術師ではない
「万有引力のニュートンは、実は秘かに占星術を信じていた」。そんな話とともに、よく次の逸話が引かれます。天文学者ハレーが占星術を軽んじたとき、ニュートンが「私はこの問題を研究した、君はしていない」と言い返した、というものです。しかし、この発言の出典である19世紀の伝記(デイヴィッド・ブルースター『ニュートン伝』1831年)を読むと、ニュートンがこう戒めたのは占星術についてではなく、ハレーが宗教・神学を軽んじたときのことでした。ニュートンが生涯をかけて秘かに打ち込んだのは、占星術ではなく錬金術と神学です。占星術師ニュートンという像は、20世紀以降に生まれた付会だと考えられています。
この取り違えが起きた背景には、錬金術と占星術がどちらも近代科学以前の秘教的な探究として一括りにされやすい事情があります。ニュートンが錬金術に没頭していた記録は数多く残っているため、そこに占星術への関心も紛れ込ませても、読み手は違和感なく受け取ってしまいます。しかし原典に当たれば、ハレーが軽んじたのは信仰であって天体観測から運命を読む占星術ではないと分かります。誰が何について語り合っていたのかという主語と対象のずれこそが、この逸話の急所です。
J.P.モルガンの「名言」の真偽
金融王J.P.モルガンの言葉として広まる「億万長者は占星術を使う、百万長者は使わない」も、たどると典拠が見当たりません。確認できるかぎりの初出はモルガンの没後75年以上たった時期で、後世の創作の可能性が高いとされます。ただし、モルガンが占星術師エヴァンジェリン・アダムズの顧客だったこと自体は、アダムズの自伝(1926年)に本人の証言があり、関心はあった蓋然性が高いと言えます。とはいえ、彼が占星術「ゆえに」成功したという筋書きは裏づけを欠きます。モルガンはアダムズと出会う前からの大銀行家で、出会いは彼が60歳を過ぎてからのことでした。名言と「成功の秘密」を安易に結びつけない慎重さが要ります。
二段構えで読む
こうした逸話は、それ自体が「占星術を否定する材料」にも「肯定する材料」にもなりません。大切なのは、(1)何が事実か、(2)その根拠は何か、を切り分けて読む姿勢です。一次資料(本人の著作や書簡、同時代の記録、現存する天宮図やコイン)まで確かめられる話と、出典のたどれない「いい話」を、同じ重さで受け取らないこと。占星術の歴史をたどるうえでは、この二段構えの読み方そのものが、いちばん役に立つ道具になります。
実践的には、その話がいつ初めて記録に現れたかを確認するだけでも、かなりの選別ができます。本人が存命のうちに残された記録か、反論も補足もできなくなってから世に広まった話かで、重みはまったく違います。ニュートンの逸話もモルガンの名言も、本人がすでに世を去ってから文献に現れたという共通点があります。当事者不在のまま独り歩きした話には、とりわけ注意が必要です。
次回以降のコラムでは、一次資料で裏づけられた確かな事例を、時代を追って紹介していきます。