『Saturn, Chiron and the Centaurs: To the Edge and Beyond』は、占星術家
メラニー・ラインハートがロンドンで行った二つのセミナーの記録をまとめた一冊です。1996年に心理占星術センター(CPA)の出版部門であるCPA Pressからハードカバーで刊行され、2002年4月にも同社から257ページの版(ISBN 9781900869195)が出ています。2011年6月には、ラインハート自身が設立したStarwalker Pressから320ページの改訂版(ISBN 9780955823121)が刊行されました。
書名が示すとおり、本書は二つの主題を一冊に収めた構成です。前半は
土星、後半は
キロンを含む
ケンタウルス族にあてられています。とくに後半は、1992年に見つかった
フォルスと1993年に見つかった
ネッススを占星術の枠組みで正面から扱った初期の文献にあたり、ラインハートによるこの二天体の読み方が最初に活字になった場でもあります。
セミナーの記録という成り立ちから、本文は話し言葉の調子を残しています。理論を条文のように積み上げる教科書ではなく、講義の流れをそのまま追う形です。巻末にはフォルスとネッススの天体暦が収められ、図版もあわせて掲載されています。日本語訳は2026年9月時点で公刊が確認できていません。
著者ラインハートは1959年にジンバブエに生まれ、1975年から職業占星術家として活動してきた人です。1989年に刊行した『Chiron and the Healing Journey』でキロン解釈の体系をまとめ、その後もイギリスを拠点に、心理占星術センターをはじめとする複数の学校で教えてきました。本書はその教育活動の産物です。
心理占星術センターは、
リズ・グリーンとハワード・サスポータスが1983年に設立した教育機関です。1980年に非公式な講座として始まり、1982年に Centre for Transpersonal Astrology として形を取り、翌1983年に現在の名称へ改称されました。グリーンは1996年にCPA Pressを創設し、センターのセミナー・プログラムで行われた講義の記録を書籍として刊行する体制を整えます。本書が世に出たのは、まさにそのCPA Pressが動き出した年でした。
つまり本書は、著者が書斎で構想を練って書き下ろした著作ではなく、実際に教室で語られた内容が活字になったものです。1980年代から1990年代にかけて心理占星術センターが積み上げてきたセミナーの蓄積が、出版という形で外へ開かれていく流れのなかに置かれています。
本書は大きく二部に分かれます。第1部は「Saturn: Time, Heritage and Substance(土星:時間・受け継がれたもの・実質)」と題され、土星の神話と心理を扱います。クロノス、パン、パルジファル、愚者といった神話・伝承上の像を手がかりに、土星のサイクル、山羊座に置かれた天体、ハウスごとの土星が順に取り上げられ、錬金術やカルマをめぐる考え方にも触れられます。とりわけ土星と
海王星の関係が、サインの上でもアスペクトの上でも繰り返し焦点となる点が、この部の特徴として紹介されています。ガイド付きの瞑想も収められています。
第2部は「The Centaurs: Chiron, Pholus and Nessus(ケンタウルス族:キロン・フォルス・ネッスス)」です。キロンの離心率の高い軌道とそのサイクルの説明から入り、当時発見されて間もなかったフォルスとネッススの二天体が導入されます。三つのケーススタディが置かれ、両天体の天体暦が付されるという構成です。技術的な資料はスイス・エフェメリスの開発者の一人として知られるディーター・コッホが計算を担当し、2011年の改訂にあたって数値が見直されました。
本書の位置づけとして押さえておきたいのは、第2部が果たした役割です。フォルスとネッススは発見からわずか数年しか経っていない天体で、占星術的な意味づけはほとんど存在していませんでした。本書はその空白に、神話の読み直しと実例の検討という二本立てで最初の見取り図を与えた文献にあたります。なお本ページは原典の翻訳や章ごとの逐語的な要約ではなく、構成と位置づけの紹介にとどめます。
本書の第2部で示されたフォルスとネッススの読み方は、その後の英語圏でこの二天体を扱う際の出発点として参照されてきました。フォルスに与えられた「the lid comes off(蓋が開く)」、ネッススに与えられた「the buck stops here(責任はここで止まる)」という短い鍵句は、ラインハートに帰属する言い回しとして各所で引用されています。本事典のフォルス・ネッススの各ページも、この読み方を出発点として整理しています。
刊行後の展開としては、2013年にStarwalker Pressから二つの部がそれぞれ独立した電子書籍として刊行されました。2月27日に『Saturn: Time, Heritage and Substance』、4月20日に『Chiron, Pholus and Nessus: To the Edge and Beyond』が出ています。後者は1996年の本書の一部を土台にしたもので、ネッススの命名をめぐる記述の追加や技術情報の更新が加えられていると案内されています。
キロン単体を扱った1989年の前著が「傷ついた癒し手」という枠組みを提示したのに対し、本書の第2部はその枠組みをキロン以外のケンタウルス族へ広げる試みでした。キロン・フォルス・ネッススの三つを組にして語る整理は、以後の解説記事や講座でも広く使われるようになっています。三天体の関係を通してたどる読み方は、本事典のコラム
キロン以降のケンタウルス族天体たちにもまとめてあります。
占星術史のなかで本書を置くなら、新しく見つかった天体に意味づけを試みる作業が20世紀末にどう進められたかを残した記録ということになります。天王星・海王星・冥王星が発見されたときと同じように、1990年代のケンタウルス族に対しては、心理占星術が育ててきた語彙が用いられました。
もう一つの特徴は、土星とケンタウルス族という、一見つながりにくい二つの主題が一冊に同居している点にあります。伝統的な7天体の外縁にあたる土星と、太陽系のさらに外側を巡る新顔の天体群。この配列自体が、既知の境界とその向こう側という副題の主題を体現しています。土星を「時間・受け継がれたもの・実質」として読む視点と、ケンタウルス族を「世代を越えて受け渡されるもの」として読む視点は、地続きのものとして提示されています。
現代の読者にとっての意義は、まだ解釈が定まっていない対象を占星術家がどう扱うのか、その手つきを間近で見られる点にあります。セミナーの記録という形式ゆえに、結論だけでなくそこへ至る道筋が残されているためです。ケンタウルス族は現在も研究の途上にある領域で、断定を避けて扱うのが穏当とされます。本書自体も、確定した教義ではなく探究の途中経過として読まれてきました。
本書を知る意義は二つに整理できます。一つは、フォルスとネッススという二天体の占星術的な読み方が、どこから来てどう広まったのかを、その出所にさかのぼって確かめられることです。現在この二天体について書かれた文章の多くは、直接であれ間接であれ本書の第2部を経由しています。
もう一つは、土星という古典的な天体と発見間もない天体群とを、同じ土俵で語る試みに触れられることです。両者は学習の場では別々に扱われがちですが、本書は一続きの話として並べています。
学び方としては、2011年のStarwalker Press版(ISBN 9780955823121)を通して読むか、2013年の電子書籍版で関心のある側だけを選ぶかの二通りがあります。ケンタウルス族から入るなら『Chiron, Pholus and Nessus: To the Edge and Beyond』、土星から入るなら『Saturn: Time, Heritage and Substance』が対応します。日本語訳は確認できていないため、いずれも英語で読むことになります。
読む順序としては、まず1989年の
キロンの癒しの旅でキロンの枠組みを押さえてから本書に進むと、第2部の議論が追いやすくなります。土星の部については、同じ心理占星術の流れに属する
サターンと読み比べると、同じ天体をめぐる語り口の違いが見えてきます。読みながら自分のチャートの該当箇所を確かめたい場合は、まず
無料のホロスコープ計算機で10天体の土台を出しておくと、あとからケンタウルス族の視点を重ねやすくなります。