『The Fixed Stars and Constellations in Astrology(占星術における恒星と星座)』は、英国の占星術家ヴィヴィアン・E・ロブソン(Vivian E. Robson、1890〜1942年)が1923年にロンドンのセシル・パーマー社から刊行した、恒星を主題とする参照書です。264ページの本文は8つの章と数式の付録、索引からなり、恒星の天文学的な基礎から、星座・月宿・出生図・国家や社会の占星術・中世の魔術・気象への応用までを一冊に収めています。
本書の性格は、著者自身が1923年7月5日付の序文ではっきり述べています。ここでの目的は批評的でも独創的でもなく、占星術の観点から星について書かれてきたものを、できるかぎり完全かつ体系立てて学習者の前に並べ、後の研究がその上に築かれる土台をつくることにある、というのです。個人的な意見や批評はほとんど差し挟んでいないとも書き添えられ、参照した書物がおよそ二百冊に及ぶため詳細な文献目録は付けなかった、という断り書きまで置かれています。
刊行の動機も序文に記されています。当時の占星術の教科書は恒星についてほとんど沈黙しており、詳しく知ろうとすれば入手が難しく値の張る古書に当たるほかなかった。そのため恒星だけを扱う一冊への求めが数年来高まっていた、という状況説明です。20世紀初頭の英語圏で恒星が置かれていた位置を、当事者の言葉で伝える一節でもあります。
ヴィヴィアン・アーウッド・ロブソンは1890年5月26日にバーミンガムで生まれ、1942年12月31日に心臓発作で没しました。理学士(B.Sc.)の学位を持ち、第一次世界大戦前は地質学の訓練を受けてブリストルで学芸員を務め、のちロンドンの海軍本部に移り、1921年に地質学の職を辞して職業占星術家となりました。フランス語・ドイツ語・ラテン語を読み、中世からルネサンスにかけての占星術文献に通じ、数学と天文学の実務的な知識を伝統的な占星術の知識と併せ持っていた書き手だと伝えられます。
活動の場としてもう一つ重要なのが、雑誌『Modern Astrology(モダン・アストロロジー)』です。この雑誌は
アラン・レオ(1860〜1917年)が創刊した媒体で、レオの没後はベッシー・レオが引き継ぎました。ロブソンは1918年11月から共同編集者として加わり、1929年8月に編集を離れています。本書はこの編集者時代のただ中、1923年に世に出ました。
レオが切り開いた近代英国占星術は、出来事の予測よりも性格や気質の理解へ重心を移し、平易な入門書と雑誌によって読者層を広げた流れです。その枠組みのなかで、古い技術的な装置であった恒星は表舞台から退いていました。序文の言う「近年の教科書は沈黙している」という状況は、その時代の内側からの証言にあたります。ロブソン自身がその流れの中心で編集に携わりながら、扱われなくなっていた主題を古典と中世の文献から拾い直したところに、本書の成立事情があります。
構成に設計がよく表れています。第1章は恒星の天文学で、恒星が太陽と同種の天体であること、距離の測り方、
歳差や固有運動といった前提を整理します。第2章は星座の影響を扱い、アルファベット順に108の星座を並べます。各項目には神話や成立の由来、黄経と赤緯のおおよその範囲、影響の記述が置かれ、近世に設けられた新しい星座も含まれます。第3章は月宿(ルナ・マンション)で、月の一日分の運行にあたる28、資料によっては27の区分を、三つの系列にわたって紹介します。
第4章は出生図での恒星の扱い、第5章が本書の中核にあたる恒星・星雲・星団の項です。まず1920年1月1日に補正した位置の一覧表を黄経順に掲げ、他の年については年あたりおよそ50秒余りを加減する簡便法を示します。続いて111の項目がアルファベット順に並び、それぞれ神話、覚書(天文データと星名の語源)、影響という三段の形式で記述されます。第6章は国家や社会を扱うマンデーン占星術、第7章は中世の魔術における星と星座、第8章は気象占星術です。
押さえておきたいのは、本書が解釈の創作ではなく資料の集成として作られている点です。ロブソンは、恒星の性質が
プトレマイオスに由来しながら、その判定規則が
テトラビブロスに書き残されていないことを明記し、星の色を惑星の色になぞらえるアグリッパの方法を紹介するにとどめています。古い占星術書の星位表は誤りが多いとして使用を戒め、自ら計算して検算した位置を掲げた点も、この本の姿勢を示しています。
刊行後、本書は恒星を主題とする英語圏の標準的な参照書として長く扱われてきました。書誌研究者ジェームズ・H・ホールデンの人物事典は、ロブソンの著作が大西洋の両岸で読まれ、エレクショナル占星術・ラディックス・システム・恒星の三分野で英語圏の第一の権威とされてきたと記しています。同じ著者には『A Student's Textbook of Astrology』(1922年)や『Electional Astrology』(1937年)があります。
影響がもっとも見えやすいのは、後続の恒星文献が本書を出発点として扱ってきた点です。本事典の
アルゴルや
レグルスの項も、伝統的な性質の記述の出所としてロブソンを挙げています。第7章が扱う中世の魔術のタリスマンと星ごとの印章は、
ベヘニアン恒星として語られてきた伝承と重なる領域で、コルネリウス・アグリッパらを経て伝わったものだとロブソンは説明しています。ここでも彼は、自分はこれらの規則を実践したことがなく、完全を期すために収めただけで効き目を保証するものではない、と断っています。
1998年に
バーナデット・ブレイディが
Brady's Book of Fixed Starsを出したとき、版元がこれをロブソンの著作以来もっとも完全な恒星の書として紹介したことは、本書が七十年以上にわたって基準点であり続けたことを示しています。ブレイディは黄経の重なりだけで読まず、星の出没という目に見える現象に立ち返るパラン(parans)の手法を持ち込みました。
占星術史に本書を置くと、いくつかの軸が浮かびます。資料の軸では、分散していた恒星の記述を20世紀の英語で一冊に集めた集成という位置にあります。時代の軸では、大衆化した近代占星術が恒星を落としていった時期に、その主題だけを引き受けた仕事として位置づけられます。方法の軸では、黄道上の度数の一致を手がかりに恒星を読むという、その後長く続くやり方を英語圏で標準にした本です。
一方で、集成であることは限界と表裏でもあります。伝えられてきた記述を取捨せずに並べる方針のため、本文には中世やそれ以前の文献に由来する厳しい断定調の表現が、当時の言い回しのまま残っています。コラム
恒星(フィクストスター)とはでも触れているとおり、現代の読み方では恒星は吉凶を決めるものではなく、狭いオーブで重なったときに象徴の色合いを添える手がかりとして扱われます。記述が著者自身の判断ではなく過去の文献の集積であることを念頭に置くと、落ち着いて読み進められます。
四王星(ロイヤルスター)のような枠組みや、星名の語源と神話がひとまとまりで確認できる点は、いまも実用的です。ただし天文データは1920年代の水準ですから、位置は歳差を加味して現在の値に読み替える必要があります。
本書を知る意義は、恒星占星術という主題がどのような資料の積み重ねの上に立っているかが見えてくる点にあります。プトレマイオス、中世の魔術書、19世紀の英語圏の著述家たち。それらがいったん一冊に集められたからこそ、後の世代は個々の記述を突き合わせ、検討し直すことができました。土台をつくるという序文の意図は、その意味では果たされています。
読む条件は整っています。1923年版はインターネット・アーカイブでスキャンが公開されており、原文をそのまま確かめられます。著者は1942年末に没していますから、著作者の死後70年を保護期間とする国では2012年末に保護期間が満了した計算です。紙の本も、1969年のサミュエル・ワイザー社版(第2版)以降、複数の版元から復刻が重ねられてきました。日本語の全訳は確認できていません。
読み方としては、まず第1章と第4章で前提と手順を押さえ、そのうえで第5章の該当する星の項に当たるのが実際的です。自分のチャートのどの度数に星が重なるのかを先に確かめてから索引を引くと、無駄がありません。目に見える星空へ立ち返る現代の方法と読み比べると、扱いの違いが見えてきます。恒星は結果を決めるものではなく、夜空の物語を自分の図に重ねる手がかりとして受け取るのがよいでしょう。
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