『Brady's Book of Fixed Stars』は、オーストラリア出身の占星術家
バーナデット・ブレイディが1998年に発表した恒星(フィクスト・スター)研究の専門書です。初版はサミュエル・ワイザー社(Samuel Weiser, Inc.)から460ページのハードカバーとして刊行され、翌1999年にワイザー・ブックスからペーパーバック版(480ページ)が出ました。その後「Weiser Classics」シリーズの一冊として、占星術家クロエ・マルゲリータによる新しい序文と「The Invisible Force and Influence of Constellations in the Natal Chart」という副題を添えた版(512ページ、ISBN 9781578638383)が刊行されています。
本書の主題は、恒星を黄道上の度数に置き換えて扱うのではなく、実際の空でいつ昇り、いつ南中し、いつ沈むかという日周の現象から読むことにあります。この関係をブレイディは「パラン(paran)」と呼びます。東の空である星が昇っているちょうどそのとき、別の星も同時に昇っている。この同時性が星と天体を結びつけるという考え方です。
収められているのは、60を超える星についてのパラン・マップと星の位相(スター・フェイズ)、そして176の恒星の位置一覧です。付録には、出生地の緯度からその星がいつ昇り、いつ沈むかを引けるグラフと表が置かれています。ヴィヴィアン・ロブソンの『The Fixed Stars and Constellations in Astrology』(1923年)以来、恒星をまとめて扱った包括的な一冊として英語圏で参照されてきました。
バーナデット・ブレイディはオーストラリア出身で、英国ブリストルを拠点に鑑定と教育にあたっている占星術家・研究者です。英バース・スパ大学で文化天文学・占星術の修士号を取得しています。最初の単著は1992年の
『予測占星術(Predictive Astrology: The Eagle and the Lark)』で、本書はそれに続く二冊目の主要著作にあたります。
本書の出発点にあるのは、近代の西洋占星術で恒星の扱いが縮小していたという状況への問題意識です。惑星・サイン・ハウスを中心に据える体系が整うにつれて、恒星は黄経(黄道に投影した度数)に置き換えられ、天体との合として補助的に見るだけの要素になっていきました。ブレイディが検討するのは、この投影の方法そのものです。星の投影度数がアセンダントに来ているとき、その星は空では数時間前にすでに昇っていることも、まだ昇っていないこともある。黄経に置き換えた時点で、見える空との対応が切れてしまうという指摘です。
そこで手がかりとされたのが、より古い扱い方の記録でした。ブレイディは、379年に書かれた著者名の失われた論考(アノニュモス379年)が、チャートの枢軸(ピボット)に星を結びつけて用いていたことに触れ、今日パランと呼ばれる方法がそこに見えると述べています。もう一つ、星表の歴史も本書の背景をなしています。
プトレマイオスの星表は後世に再測定され、そのなかでウルグ・ベグ(1394〜1449)の観測が広く用いられるようになりました。ブレイディは、この改訂で恒星の黄経位置が変わった事実が占星術の側で十分に意識されてこなかったと整理し、176星についてプトレマイオス式に歳差を戻した位置と、通用している位置とを並べて示しています。
本書は5部構成と7本の付録からなります。第1部は導入で、パランの基礎、天体とオーブ、どの星を使うかの判断、四つのアングルと恒星の関係が置かれます。第2部は黄道以外の星座を、第3部は黄道十二星座を扱います。第4部は星の位相にあてられ、太陽と星の関係、位相の判定、出生図とマンデーン(社会・国家を扱う分野)での読み方が並びます。第5部は出生図での使い方と予測への応用です。付録には、緯度ごとに昇る星と沈む星、ヘリアカルとアクロニカルの黄道マップ、黄経の一覧、星のガイドなどが収められています。
中心に置かれるのがパランの定義です。星や天体が地平線の出の側、地平線の入りの側、子午線の上(南中)、その反対の地平線下(下方中天)という四つの位置のいずれかに同時に来ているとき、両者はパランの関係にあると見ます。判定に用いる幅は狭く、本書の作例では30分角が使われ、アングルの前後1度で取る場合の見当も示されます。そして、出生の瞬間だけを見るのではなく、出生日の24時間全体を走査するという手順が特徴的です。その瞬間にアングルにあった組み合わせと、その日のうちに成立する他の組み合わせとを、区別しながら読み込んでいきます。
第4部の星の位相も、本書が広めた枠組みです。ヘリアカル・ライジング(日の出直前に星がその年はじめて見える現象)、ヘリアカル・セッティング、アクロニカル・ライジングとアクロニカル・セッティング、日の出後に昇り日没前に沈むため夜空から姿を消している期間を指す Arising and Lying Hidden、そして日没前に昇り夜明け後まで沈まないため一晩じゅう夜空にあり続ける期間を指す Curtailed Passage といった状態が区別されます。星が太陽との位置関係のなかでどの局面にあるかによって、読み方が変わるという整理です。古代から特別視されてきた
四王星(ロイヤルスター)についても、ブレイディはそれぞれに乗り越えるべき課題を伴う星として扱い、
レグルスは復讐に向かわないこと、
アルデバランは誠実さ、
アンタレスは執着、
フォーマルハウトは理想との向き合い方という形で条件を添えています。
本書がもたらした最も大きな変化は、恒星を扱う実践の作業手順そのものです。黄経の一覧表で合を探すという方法に加えて、出生地の緯度と時刻から星の出没を割り出すという道筋が、まとまった手引きとして共有されるようになりました。緯度によって見える星が変わるため、パランは計算量が大きくなりますが、その部分はブレイディが共同制作したソフトウェア「Starlight」に実装されました。同ソフトはパランの探索に加えて、パラペグマ(星の暦)や星の位相、ヘリアカル・ライジングの特定を扱えるものとして紹介されています。
続編にあたるのが2008年にウェセックス・アストロロジャーから刊行された『Star and Planet Combinations』(280ページ)です。ここでは、個々の星と天体・ノード軸のすべての組み合わせについての解釈が一覧としてまとめられ、出生図と予測の双方で参照できる形になりました。本書で示された枠組みを、実務で引きやすい辞典の形に展開した位置づけといえます。
英語圏の恒星研究では、ロブソンの1923年の書が長く総覧的な参照点でしたが、本書の登場によって、黄経による伝統的な扱いとパランによる扱いという二つの軸が並ぶようになりました。本事典の恒星の各ページでも、両者を併記する形で引用しています。
本書の立場は、従来の黄経による恒星の読み方を否定するものというより、前提の異なるもう一つの方法を提示するものと受けとめるのが実際的です。黄経による合は、歳差を踏まえて星の現在位置を確かめれば、緯度を問わず同じ手順で扱えます。一方パランは、その土地の空で星が実際に昇るかどうかに依存します。たとえば
カノープスは北緯37度あたりより北では地平線上に昇らないため、日本の多くの地域を含むその緯度より北の出生地では、パランとして扱えないという前提があります。緯度によって使える星が変わるという性質は、パランという方法の限界であると同時に、星が土地の空と結びついて意味を育ててきたという事実の反映でもあります。
他の恒星の枠組みとの関係も整理しておきましょう。中世の天文魔術で用いられた
ベヘニアン恒星の十五星は、護符や象徴の伝統に属する選定であり、本書はその枠組みを主題として扱っていません。他方、
プトレマイオスが『
テトラビブロス』で示した、恒星の性質を惑星の質にたとえて記述するやり方は、ロブソンを経て今も参照され続けています。ブレイディはその系譜を踏まえつつ、星の意味の根拠をより神話と可視の天文現象の側に置き直しました。
現代の読者にとっての意義は、占星術が「何を根拠に読むのか」という問いを、恒星という具体的な題材を通して考えられる点にあります。黄道の区画としてのサインと、夜空に実在する星とは別ものであり、後者を扱うには天文現象そのものに立ち返る必要がある。この視点は、チャートの各要素が何に由来するのかを見直す手がかりになります。
本書を読むこと、あるいはその存在を知ることの価値は、恒星占星術が単なる星の意味一覧ではなく、出生地の空という条件を伴う実践だと分かる点にあります。同じ生年月日でも、生まれた土地の緯度が違えば見える星が変わる。この当たり前の天文学的事実を読みの前提に据えたところが、本書の芯にあたります。
入手については、Weiser Classics 版(512ページ、ISBN 9781578638383)が現在も流通しており、1999年のペーパーバック版も古書で手に入ります。邦訳は『ブレイディの恒星占星術の基礎:恒星の神話、伝説、哲学』(さくらいともみ訳、太玄社、2025年1月、656ページ、ISBN 9784868130024)として刊行されており、続編『Star and Planet Combinations』の全訳『ブレイディの恒星占星術:恒星と惑星の組み合わせで読み解くあなたの運命』(同訳者、太玄社、2021年4月)とあわせて日本語で読むことができます。読む順序としては、まず第1部でパランの考え方と手順を押さえ、次に第2部・第3部で自分のチャートに関わる星の記述を拾い、そのうえで第4部の位相、第5部の予測への応用へ進むのが無理のない流れです。
併読の候補としては、同じ著者の
『予測占星術』のほか、恒星の伝統的な扱いを知るには『
テトラビブロス』とロブソンの1923年の書が土台になります。恒星という枠組みそのものの考え方と、読みの作法については、コラム
恒星(フィクストスター)とはをあわせてご覧ください。
恒星は吉凶を断定するためのものではありません。占星術は出来事を言い当てるものではなく、人生の節目に備え、自分を整えるための地図として取り入れる価値があります。
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