どんな本か
『神秘のサビアン占星術』は、占星術家・
松村潔が1991年6月に学習研究社(現・学研グループ/書籍事業は学研プラスが継承)の「Elfin books series」の一冊として刊行した、サビアン・シンボルをテーマとする日本語の体系的な解説書です。判型は18cm(新書サイズ相当)、本文は366ページ、ISBNは4-05-105674-0で、占星術の専門書としては当時としても異例の規模を持つ詳細な度数論の本でした。
サビアン・シンボルとは、黄道360度のそれぞれに与えられた象徴的な情景・場面のことを指します。本書はこの体系を日本語圏に向けて本格的に紹介した先駆的な著作の一つであり、サインやハウスといった大きな枠で読まれがちなホロスコープを、1度刻みという細かな単位で読み解くための語彙と方法論を提供しました。
刊行から十数年を経た2004年9月には『増補改訂版・神秘のサビアン占星術』(学習研究社、424ページ、ISBN 978-4-05-402597-4)として、エニアグラムの解説を補章に加え、暦データを大幅に増補した版が出ています。1991年の初版から2004年改訂版、さらにその後の関連書へと続くサビアン関連著作の流れを生み出した点で、日本のサビアン占星術の出発点に位置する一冊として記憶されています。
著者と成立の背景
著者の松村潔は1953年生まれで、広島県呉市の出身です。10代の頃から西洋占星術やタロットの背景にある古代哲学・西洋神秘学に関心を寄せ、占星術にとどまらずカバラや生命の樹、数秘術、エニアグラム、禅の十牛図など幅広い象徴体系を横断的に研究してきた書き手として知られます。著作は100冊を超えるとされ、本書もそうした活動の比較的初期に位置づけられる代表作です。
1991年というタイミングは、日本における西洋占星術の受容が深化し始めていた時期にあたります。翻訳書を通じて欧米の占星術理論が紹介されつつあったものの、サビアン・シンボルのように1925年に
マーク・エドマンド・ジョーンズと透視者エルシー・ウィーラーが共同で生み出した英語圏特有の体系については、日本語での詳細な解説が乏しい状況でした。
松村潔は本書を、欧米のサビアン解釈を単純に翻訳・紹介するだけでなく、自身の象徴学的な視点を持ち込みながら独自に再構成する形でまとめています。1度ごとの象徴を読むという発想自体は英語圏で
デーン・ルディアが『An Astrological Mandala』(1973)で再解釈を行った系譜にも連なりますが、本書はそれを日本語圏の読者に向けて新たに編み直した点に独自性があります。
内容と意義
本書はサビアン・シンボルの成立背景から実占への応用までを一冊で扱う構成を採っています。後の増補改訂版(2004年)では、プロローグ「新時代のアストロロジー サビアンシンボルとは何か?」、第1章「サビアン占星術入門」、第2章「サビアン占星術で占うあなたの運命」、第3章「あなたのサビアンシンボルの出し方」、第4章「サビアンシンボル解読事典」、補章「エニアグラムを読む」、付章「データ編」という章立てが整理されています。1991年初版も、プロローグ・第1〜4章+付章データ編という基本構成を共有しています。
本書の中核をなすのは、第4章にあたる360度の象徴解読事典です。各度数について、ジョーンズ=ウィーラーによる原シンボルを起点としつつ、松村潔独自の象徴解釈や近接する度数とのつながりを織り交ぜながら読み解いていきます。単に「この度数はこういう意味」という一対一対応の辞典としてではなく、シンボルの背後にある象徴の論理を辿るような書き方になっている点が特徴です。
また本書は、出生図のなかでも特に太陽の度数を起点に「自分の魂の方向性」を捉えるという視点を強調しています。月星座・性格分析・適性・運命の方向といった日常的な関心を入り口にしながら、最終的にはホロスコープを通じて自己理解の地図を描き直すことを目指す構成です。実占的な利用にも、思想的な探求にも開かれた書き方であることが、本書を長く参照される存在にしている理由の一つといえます。
同時代・後世への影響
『神秘のサビアン占星術』は、その後の松村潔自身の著作群のいわば原点となりました。2004年には同じ学研グループからタイトルを継いだ『増補改訂版・神秘のサビアン占星術』が出版され、さらに同年には学習研究社から『決定版!! サビアン占星術』(L books elfin books series、ISBN 978-4-05-401276-9)が、2016年には『愛蔵版 サビアン占星術』(エルブックス・シリーズ、学研プラス)も刊行されています。サビアン関連の松村潔著作群は、本書を出発点として枝分かれしながら蓄積されてきた系譜だと位置づけられます。
日本語圏における
サビアンシンボルの理解にとって、本書は事実上の入口の役割を長く担ってきました。1990年代から2000年代にかけて、サビアン占星術を学ぼうとする日本の読者の多くが、本書または2004年改訂版を最初の体系的な参照源として手に取ってきたとされます。
また同時代の日本では、
鏡リュウジが占星術の翻訳・普及を担う一方で、松村潔は本書に代表される度数論・象徴体系の方向で日本語圏の選択肢を広げました。この棲み分けによって、日本の現代占星術は心理・実占・象徴という複数の入口を併せ持つ形に育っていきます。
現代占星術の地形図に見られるような多様な流派の並立は、こうした書き手たちの活動の積み重ねによって支えられてきたものといえます。
位置づけと現代における意義
サビアン・シンボルそのものは1925年にアメリカで生まれた体系ですが、日本語の文脈で本格的にこれを扱った著作としては、本書がまず置かれるべき一冊です。原典に近い英語圏の参照点としては、ジョーンズ自身による著作『
The Sabian Symbols in Astrology』(1953)や、ルディアの『An Astrological Mandala』(1973)が挙げられますが、これらは日本語訳が広く流通しているとは言いがたく、日本語で読める体系書としての本書の位置は依然として独自です。
ルディアの心理派的・人間中心主義的なサビアン解釈と比較すると、松村潔のアプローチは象徴体系そのものへの関心がより前面に出ています。ルディアが『
The Astrology of Personality』(1936)以来追求してきた占星術と人格論との接続とは異なり、松村潔はサビアン・シンボルを宇宙論的・象徴学的な詩語として読み解こうとする姿勢が強く、本書もその色合いを色濃く持っています。
現代の読者にとって、本書を手にする意義は単にサビアン・シンボルの辞典として使うところにとどまりません。1度刻みでチャートを読むという発想は、サインやハウス、アスペクトといった広めの枠だけでは捉えきれないニュアンスを補ってくれます。心理派・進化派・ヘレニズム復興派など多様な流派が並立する現代の占星術のなかで、象徴解釈という独自の入口を開いてくれる一冊として位置づけられます。
この本を知る意義・学び方
『神秘のサビアン占星術』を知ることの価値は、占星術を「サイン12個」「ハウス12個」という大づかみな単位だけで読む習慣から離れ、360度というより細かな視点でホロスコープに向き合う発想に触れられるところにあります。サビアン・シンボルは詩的な情景描写の連なりであり、一度この語彙に親しむと、自分や身近な人のチャートを読むときの解像度が変わっていきます。
入手については、1991年の初版は現在は古書としての流通が中心となっており、現役で書店に並ぶのは2004年の『増補改訂版・神秘のサビアン占星術』(学研プラス)です。これから読む場合は、まず増補改訂版から手に取るのが現実的でしょう。さらにサビアン全般の手引きとしては、当サイトの
サビアンシンボルの解説や、英語圏の原典として
ジョーンズによるサビアンシンボル原典を併読すると、本書の位置づけがより立体的に見えてきます。
学び方としては、いきなり全360度を通読しようとする必要はありません。まず自分の太陽・月・アセンダント・MCなど主要な度数のシンボルを引き、そこから関心の向く度数へ少しずつ広げていく読み方が、本書の世界に馴染みやすいやり方です。読み進めるなかで、シンボル同士の繋がりやサインごとの流れが見えてくると、占星術全体を一段抽象度の高い象徴の地図として捉え直すきっかけになります。本書を起点にサビアン関連の他著作や原典に当たっていけば、現代占星術の象徴解釈という大きな領域への入り口がそのまま開けてくるはずです。
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